- 受講生インタビュー
生徒達へのやる気を引き出す面談が、私をコーチにしてくれた。
愛知県名古屋市出身、稲沢市在住。英語学校講師、老舗ホテルのビジネスセンタースタッフなどを経て、県立高校英語教諭として32年間勤務し、出会うことのできた生徒数は5000人を超える。
10年以上前から、教育へのコーチングの有効性を確信し、学級経営(特に個人面談)・進路指導・学習支援にコーチングの手法を導入してきた。生徒のみならず保護者からの相談も多く、卒業生からの「人生を支えられた」という声に背中を押されてきた。
自ら気づき、決断し、行動を起こすツールとして、コーチングを、教育だけでなく人を育てる分野に携わるあらゆる人に普及させたいと願い、研修会講師や個人・グループへのコーチングを中心に活動している。2021年共創コーチ資格取得。
家族同様のインコたちと戯れることと、オーケストラでヴィオラを弾くことがリフレッシュ法。
共創コーチングを選んだ理由は何ですか?
2004年に、ある進学校に赴任することになりました。年度初めの職員会議で用意された資料の中に、「今後の進路指導には、コーチングが有効である」という内容の雑誌の記事が挿まれていました。コーチング?それはなんだ?というのが、私の率直な感想でした。これが私の“コーチング”との出会いです。
当時、私はファシリテーションを学んでいました。集団を活性化する「構成的グループエンカウンター」に近いもので、その研究会のメンバーでした。そのメンバーのうちの一人に、「コーチングって何??」と聞いたら、その方が「自分もよくわからないのだけれど、名古屋にあるNHK文化センターでコーチング講座をやっているらしいよ。」と教えてくれました。
これが、“共創コーチング”との出会いです。そう、それはYOKOさんとジョニーさんが講師を務める講座だったのです。半年間1クールで月に1回土曜の開催だったので、これなら通えると思い参加を決めました。
講座の初日。YOKOさんジョニーさんご夫婦が出てきて、色々話されているのを見て、「掛け合い漫才か!」と思ったのを覚えています(笑)。面白いなって(漫才がではなく、内容が)。だから、たくさんあるコーチングスクールの中から共創コーチングを選んだのではなく、コーチングに興味を持った時、たまたま目の前にあったのが共創コーチングだったという幸運でした。この時に学んだことが楽しくて、自分なりにひたすら学校現場で実践してきました。
コーチングとは、どんなものですか?
コーチングというと「伴走する」などと言いますよね。この伴走する人は、影武者かというとそうではなくて、コーチの力量もしくはコミット次第で、結果が変わってきます。クライアントとコーチの相乗効果というより、目標達成に向けてお互いの持ち味を掛け合わせていく、そういうものなんだと思っています。
すごい結果を出している人は、一体どんな風にして結果を出しているのか、そのスキルを分解し、体系立てて、誰でも結果を出せるようにしたのがコーチングの仕組みだと聞いたことがあります。その人だからとか、その人にしかできないのではなく、結果を出せる仕組みがあるということですね。教師にも同じような側面があり、すごいって言われる方は、一体何をどうやっているんだろう?と研究する対象となりうると思います。
コーチングスキルが役立った例は、何かありますか?
先程の、私が気になっていたすごいと言われていた方は、「クラス通信」を出していました。私もやってみようと思い、高校生のクラスですが、週1回B4一枚の「クラス通信」を出すことにしました。
クラス全員に向けて話しても、聞き方はそれぞれです。消えていってしまう音としての言葉ではなく、文字にして届けることにしました。私の思いを伝えると同時に、クラスの動きを共有する場として、生徒自身の声をよく載せるようにしていました。保護者の方も読んでくださっていました。毎週月曜日の朝、配布すると、さっと読んで終わる子もいましたが、すべてを取ってあって、「見てます」と言ってくれる子もいたり。『自分の言葉をこんな風に覚えていてくれたんだ』とか、『あの時の私の言葉がここに載っている』等と、生徒達のモチベーションに繋がっているようでした。
教育現場で、最もコーチングが役立ったと感じたことはどんなものですか?
ホームルームでクラス全体に対して、どんな方向にクラスを持っていきたいかという時の声がけに、コーチングは役立ちました。また、学習指導でもコーチングは役立ちます。クラス全体の学力向上を狙って仕掛けをしたこともありました。全体に声掛けをしておいて、それだけでは行動に結びつかない可能性のある生徒には、個別に声をかけていきました。そうすると、集団力学を動かすことができ、生徒一人一人が無意識にせよ、集団に貢献したいという気持ちを持てるようになって、自分に対する意識も高まっていったように感じています。しかし、一番よく使ったのは、個人面談です。
学年が上がっていくと、個人面談は進路相談に傾いていきます。コーチングを学ぶ前は、面談の9割は、私が話していました。生徒の情報や大学へ進学するためのデータなどを基に、もう、わぁ~っと私が話して、生徒が「ああ、そうですね…」と合いの手を入れるみたいな(笑)。コーチングを学んでからは、とにかく、まずはよく聴こうと思いました。生徒の話をよく聴く、これが最初の頃は難しかったです。
「今日は、生徒の話を聴くんだ…聴くんだ…聴くんだ…」と思っても、心の中にいっぱい話したいことが出てきてしまいます。ある時、今思えば傾聴になっていたかどうかわかりませんが、私は話さず生徒の話を聴いているうちに、疲れてきてしまったんですよね。いつまで聴いていればいいのかな?どうやって終わりにしたらいいのかな?と。
その時の生徒のことは、本当によく覚えています。進路の話をしているのですが、「うん…あのー、でも、それはこういう風だから…」と全く埒があきません。「じゃあ、あなたは一体、どういうことがしていきたいのかな?」と言ったまま、私は、黙ってしまいました。意図的な沈黙ではなく、途方に暮れたという感じです。気づいたら、その生徒も黙ってしまっていました。
しばらくして、突然ふっとその生徒は顔を上げて、「先生、私、ディズニーランドで働きたいんです!」と言うのです。「え?そうなんだ。どういうことか聴いてもいい?」と訊くと、今までのらりくらりと言い淀んでいた生徒は、堰を切ったように話し始めたのです。「小さい頃、ディズニーランドでこんな思いをして、こんな風にしてくれたあのお姉さんみたいになりたいのです。あの小さな…子どもながらに思ったその気持ちは、今も全然変わらないのです。でも、親にはそれを言えなくて…」と。私は、「そうなんだ、素敵だと思うよ。」と言うと、彼女は「本当ですか?これ、初めて言ったんです。」と言うのです。
では、そのためにはどうしていけば良いのか、という話になっていきました。その生徒は、まだまだ勉強していないので、もっと身を入れて勉強して、その地域の大学を目指す事にしました。ご両親はそんな遠くに行かなくてもという思いをお持ちで、色々ありましたが、結果的にその生徒は行きたい地域の大学へ進学しました。そして、私のところへ勇んでやってきて、「先生!合格したんです!」と言うので、「いよいよ大学生だね。」と言ったら、「違います、先生。ディズニーランドのアルバイトに合格したんです!」って。大学合格以上に嬉しそうに報告してくれました。沈黙が彼女の「自分の本心を話してみよう。」という扉を開いた感じでした。これは、私をコーチにしてくれたエピソードの一つです。
個人面談にコーチングを導入する事によって、生徒達の反応はどうでしたか?
私は、生徒達の気持ちを核に置きたいと思っているので、どういう気持ちでいたいか、どう進みたいかという思いを大事にしています。地元の大学に行ければいいと言っていた生徒が、本当に興味を持てることに気づいて、地元を離れての進学を目指したり、学力的に難しいと思われていた生徒が、もっと自分の可能性を追い求めたいと、難関大学を目指すなど、変化する事がありました。
例えば、私の面談を終えた生徒が、俄然、学習に力をいれてやる気になった事があります。これがきっかけで、それを見たクラスの他の生徒たちが、個別に私のところへやってきて「先生の面談終わってから、○○君は急にやる気になって頑張っている。僕も面談してもらえませんか。」と言ってきました。このように生徒たちのやる気の連鎖が起きることはよくあり、私は勝手に「玉突き理論」と呼んでいます。
2年生の秋になると、3年のコース分け、いわゆる難関大学進学を意識した選択科目のあるコースを、選ぶか選ばないかの面談が始まります。客観的データからみると、そのコースを選択するには苦しい生徒がいました。でも本人はどうしてもそうしたいと。そこで、生徒本人が自分の目標を設定することにしました。一日何時間勉強して、今度の実力考査で何点を取って、という数値目標を立てるわけです。そのために、あなたは何をやるの?と訊くと、「こうやってこれをこうして…」と答えるので、それで大丈夫なの?と訊くと、「うん…まだちょっと足りないかもしれません。」と答える。じゃあ、何を足していくの?優先順位は?とやっていき、「ではまた、しばらく経ったら、話しましょうね。」と。その生徒は自分で目標を立て、現状を把握、そこに行くためのギャップを理解します。希望のコースに行けないかもしれないという気持ちが出てきて、一生懸命勉強をやりだしました。他の生徒から見たら、「あの子、空気変わったよね」と見えたのだと思います。
また、コース選択に向けて、気になるところがある生徒を選んで面談リストを作ります。そうすると、面談されない生徒も出てきます。こちらからすれば、何も心配がないので面談しないのですが、「なぜ私は面談されないのでしょうか?」と訊いてくる生徒もいました。生徒たちからすると、不思議なやる気を引き出すような面談と見えていたみたいですね。
他に、学校内でコーチングを活かしている場面はありますか?
私が教育の現場にいる間は、コーチングの“布教”をしていきたいと思っています。多くの教育関係者に、ベーシックなコーチングスキルを知ってほしいのです。現在、具体的には、経験年数の浅い教師を対象に、グループコーチングとコーチングスキル研修を組み合わせたものをしています。年度末にはどんなクラスになっていたいか等、目標を持ってもらい、季節毎に進捗や課題についてグループコーチングをしています。また、そのグループコーチングの中に、対話の中から生まれてきた思考のもつれやコミュニケーションのつまずきについて解説を入れて、スキルを理解するアクティビティをします。そうやって、スキルの理解を促しています。
参加者からは、「自分1人では得られなかった気づきや視点の変化がある。普段は忙しいので、職員室ではなかなかできない、お互いに本質の話をする場になっている。」という嬉しい声もいただきました。私は、教育は『未来を育てる』ことだと思っていますので、『未来を育てる』方々が、まずお互いを高め合えるようなチームとなるよう働きかけています。
これから、どんな事をしていきたいですか?
ひとつは、学校に限らず、人を育てている立場の人たちに、コーチングのスキルを身につける研修です。相手の状態に合わせて、場合によってはティーチングで、必要ならば「あなたはあなたでいいのだよ」とカウンセリングマインドで対応し、エネルギーが出てきたら、「何ができるか考えよう」とコーチングマインドで向き合うというように。コーチングスキルを身につけて、使い分ける事ができたら、その人自身の力量の幅が広がります。私がそのお手伝いができればと思います。
教師は、生徒の人生の分岐点にいます。その分岐点に立っている人間がコーチであれば、生徒一人ひとりが納得して、自分の意志で道を選べるように進んでいけると思うのです。
二つ目は、人を育てる仕事についている方のパーソナルコーチングです。その方の、理想像を実現できるようにお手伝いがしたいと思っています。
そして、心を解放するリフレッシュ法として、オーケストラ活動を最近復活させました。2021年8月に続いて、2022年3月にも演奏会があります。
最後に、これからコーチングを受けようとしている方に何かありますか?
比喩になりますが、コーチングに触れると、新しい扉が開きます。こんな何もない壁だと思っていたところに、新しい扉ができます。コーチングを受けるというのは、その新しくできた扉を開けて、またその先に、違う新しい次元が開けていくことです。その扉は自動ドアではないので、自分で押すか引くかしなければならないのですが、開けたら、違う次元のコミュニケーションが待っています。一歩を踏み出すのは小さな勇気のいることですが、コーチングにはそれだけの価値があると思います。